|
工業社会の崩壊を10年前から警鐘! 原経営研究所 所長紹介 氏名 原 裕一郎 (昭和5年(1930)4月24日生まれ) 所在地
〒810-0022 福岡市中央区薬院3-12-12 職 業
原 経営研究所
所長 合同会社 はらはらテレビ 代表 経営コンサルタント・情報コーディネーター 人の素質分析研究家(ヒューマン・アナリスト) 電話 092-531-9603 FAX 092-524-7077 [略
歴] 昭和
5(1930)年4月24日
兵庫県武庫郡精道村(芦屋市)にて誕生 昭和23(1948)年 3月
旧制香椎中学校 (福岡県立香椎高等学校) 昭和23(1948)年 3月〜昭和32(1957)年3月 迅務梶E潟Wンムセールス (倉庫配達係を経て事務機・OA機器販売を担当し、山口県、全九州の地方自治体や上場企業を新規開拓、九州地区における事務機器販売の草分け) 昭和32(1957)年 6月〜昭和33(1958)年8月 原 商店 (王子算盤 九州発売元・潟Wンムセールスを退社し、父親の手伝いをしながら事務機器販売を開始する) 昭和33(1958)年 9月〜昭和52(1977)年3月 原 事務機 専務取締役 (そろばん販売は将来性なく廃業し、原商店の社名を変更し法人設立する 社名に事務機を用いたのは日本初) 昭和47(1972)年 4月〜昭和58(1983)年3月 潟ニオン通商 代表取締役 (スーパー向けレジスター販売修理・台湾貿易、台湾彰化県花弁生産合作組合顧問に就任し、露地栽培菊花の輸入業務を行う) 昭和52(1977)年 4月〜昭和60(1985)年 3月 原事務機 代表取締役社長 (キャノン、理想科学、内田洋行などの代理店として、電動計算機、電卓、英文和文タイプライター、複写機、謄写機、ファックス、マイクロカメラ・ラミネーター・事務用家具など、輸入・国産事務機専門商社として事務機・OA機器販売の草分け的役割を果たす) 昭和57(1982)年 1月〜現在に至る 原 経営研究所 代表 (情報社会到来に対応するため研究機関として設立、異業種交流研究クラブを主宰、個性学を習得、高度情報科学セミナー専任講師として全国を講演活動、DDN顧問としてインターネット通信局構築に関わる) 昭和60(1985)年 4月〜平成5年(1993)年 9月 潟Tイコム取締役会長 (平成3年(1991)7月 CIにより原事務機鰍フ社名変更を行う) 平成 元(1989)年 8月〜平成9(1997)年 1月 高度情報科学セミナー専任講師 (福岡で産声を上げたセミナーは京都、横浜、千葉幕張と主会場を移しながら全国各地で毎週開催され、最終的には新大阪に常設セミナー会場が設けられた。専任講師として毎週講演を行う。年間最大講演回数153回を記録する) 平成 9(1997)年 2月〜平成10(1998)年 3月 潟Iービスジャパン取締役 (田中久雄社長の要請によりに個性学普及のため尽力する) 平成 10(1998)年 5月〜平成14(2002)年 8月 ディーディーエヌ 顧問 (インターネット通信局構築を目指す高井俊夫社長に同行し、インターネット通信局オーナー募集のため講演行う。目的を達成し講演活動を終了する) 平成 14(2002)年 5月〜平成18(2008)年 5月 なんでんかんでん村 村長 (智閥創りを実践するためバーチャル国家「なんでんかんでん村」を19名で起村し、村民登録者にメルマガを334回発行する。村民登録750~850名で安定。2002年経営企画のプロ故荒川三千男先生のご縁で、DNAENZEN開発者井上博之先生と出会い、農耕型収益構造を勧めるチャンスが生まれた) 平成 18(2008)年 4月〜現在に至る 合同会社 はらはらテレビ 代表 (平成23年(2011)7月24日アナログ時代が終了し、デジタル時代に移行することが決定したことに伴い、井上博之先生のご指導により農耕型収益構造構築のため、合同会社はらはらテレビを設立する。なんでんかんでん村は縁の花村岩谷正村長に継承) [経験した主な公的役職] 日本事務機器流通団体連合会 理事 九州事務機産業協会 副会長 福岡県中小企業家同友会 代表理事 福岡西ライオンズクラブ 会長 日華文化協会 常任理事兼事務局長 福岡県立香椎高等学校同窓会 香稜会副会長 台湾彰化県花弁生産合作組合 顧問 中国管理科学研究院政策科学研究所 客座教授 北京大学科技法研究中心 客座教授 (1995年10月4日、中国北京大学科学技術法講座で「日本における情報社会構築の現状とその法律的課題」と題して約2時間講義し質疑応答を行った。 [著
書] 誰にでも分かる情報社会(工業社会崩壊へカウントダウン) 平成6年(1994)10月30日 近代文芸社より刊行 21世紀に問屋小売業は生き残れるか! (時代の変化が読めなくては企業戦略は立てられない) 平成7年(1995)6月10日 近代文芸社より刊行 ザ・智閥 (工業社会崩壊で覇権の交代が起こる・21世紀は庶民が莫大な富を得られる) 平成11年(1999)5月30日 近代文芸社より刊行 著書の一部は、マレーシア・クアラルンプール在住 YOSIKI HABU教授によってマレーシア語に翻訳され、マレーシア国立スルダン大学の日本語講座教材として使用されたことがある。 [勉強会] 昭和60年(1985年)6月「情報交流研究クラブ」(小売り、流通に関する情報提供と研究、異業種交流の指導)を、平成3年(1991)1月に「耳寄りな情報を耳にする会」(高度情報社会への対応、マルチメディア・ネットワークの研究)を創設主宰し勉強会を毎月1~2回開催する。異業種交流は草分け的存在の一人。 「情報交流研究クラブ」活動についてはNHK[ニュースの視点]をはじめ、異業種交流によって開発した吉野堂本舗ひよ子鰍フ「和菓子珈琲」はミスマッチの面白さが受け、新聞雑誌の記事となり、民放テレビ各社でも放映された。 また、宇宙原理や自然の法則と人間の関わりの中で、人間の持つ特性を分類、統計化し、人間の潜在的、先天的な領域まで踏み込んだ、人間の「素質発見」のための勉強会(素質セミナー)を開催。 簡単にいえば「自分と他人をもっと広く、もっと深く知る」ための楽しい、最新パーソナル・アイデンティティ(PI)研究。 欧米では「人間行動科学」「行動エネルギー」という学問領域に入る。 自分が分かり、他人が分かり、人間関係が良くなり、人間関係ストレスが大幅に軽減できる。 (携帯3社公式コンテンツ「素質サプリメント」として採用)
[所長が仕事としてやってきたこと] 産業革命によって構築された工業社会(資本主義)が崩壊し、21世紀は情報社会(通信によるネットワーク)が到来することを約30年前(1979)に予感し、「財閥」に代わる「智閥」(心のネットワーク)創りをライフワークとすることを決意し、原事務機且ミ長を退任(1985)、以後終始一貫「智閥」創りに精進している。 工業社会の価値観(人・物・金)を経営資源とした狩猟型収益構造の競争社会から、 情報社会(デジタル時代)では農耕型収益構造の共生社会構築が可能ではないか、 そのためには心と心の結びつきによる人間関係ネットワーク創りが肝要だとして、インターネットを通じてバーチャル国家「なんでんかんでん村」を起村(2002〜2008)メルマガを発行、構想を伝えながら人脈創りを行う。 原事務機且ミ長退任後の経過措置として、原経営研究所を設立、異業種交流研究クラブを主宰(1985〜1993)ニュービジネス、流通問題の研究を行う。(和菓子珈琲、特殊浄水器などを開発) 国際真理開発協会(小林充会長)の自己啓発セミナーを福岡で開催(1995〜1996)、超能力、見えない世界、霊界、潜在意識、手技療法などを学ぶ。 超能力者 神谷泰洋先生(四次元科学研究所 所長・故人)と出会い、神谷先生の講演会(明日香会)を主宰(1990〜1994)福岡、大阪、金沢、鹿児島で開催した。超能力、宇宙エネルギー、ユダヤ問題を学ぶ。 日本情報科学(シニアインストラクター 森宮庸介氏)が主宰する高度情報科学セミナー専任講師として主たるテーマ「時代が変わる」「情報社会に関して」全国で講演活動を行う。(1989〜1997) ディーディーエヌ(社長 高井俊夫氏)のインターネット通信局構築構想に共鳴し、専任講師としてオーナー募集のための講演を全国各地で行う。(1998〜2002) 在住の若手経営者、経営コンサルタントで構成する「耳寄りな情報を耳にする会」を主宰(1990〜1993)農耕型収益構造の研究、企画のプロ荒川三千男先生(故人)は“かわしもPOSシステム”(ビジネスエリートカード)を実用化した。 潟Iービスジャパン田中久雄社長より個性学を学ぶ。(1994〜1999トレーナー資格取得) 素質分析学セミナーを開講する。(2001〜2003) 荒川三千男先生(故人)のご縁によりDNAENZEN開発者井上博之氏と出会う。 ご指導を得てデジタル時代(2011年7月24日)以降に対応するため、合同会社「はらはらテレビ」を設立(2008年4月8日)農耕型収益構造構築のため精進中。 潟[ログラフィックス (熊本市・守部幸洋社長)と提携して「素質サプリメント」を作成、携帯4社(docomo ・au・ softbank・WiilCom)に公式コンテンツとして採用される。(2007) 企業・団体の依頼による講演活動。宇宙原理に基づき素質分析、人生の風分析、相性分析(結婚、恋愛、ビジネスパートナー、職場の人間関係など)を行っている。
|